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オレンジコートSCの「成田屋肉店」が77年の歴史に幕 「やりきったという思い」

解体工事中の店の前に立つ「成田屋肉店」店主の成田勝利さん

解体工事中の店の前に立つ「成田屋肉店」店主の成田勝利さん

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 高田馬場駅近くのオレンジコートショッピングセンターにある「成田屋肉店」(新宿区大久保3)が12月30日、閉店した。

再開発される前の諏訪通り沿いにあった「成田屋肉店」の写真=オレンジコートSCの「成田屋肉店」が77年の歴史に幕

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 店主の成田勝利さんの父親が1949(昭和24)年に創業した同店。創業当初は諏訪通り沿いにある玄国寺(高田馬場1)の墓地の向かい側付近に店があった。「当時は明治通りから山手線などのガード(第一戸塚架道橋)までの諏訪通りの両側に100店舗ほどの商店が建ち並んでいた」(成田さん)という。1981(昭和56)年に東京都施行再開発事業で近隣エリアが整備され、諏訪通りも拡張。その一環で建設されたオレンジコートショッピングセンター内の現在の店舗に移転し、営業を続けてきた。

 兄3人、姉3人の末っ子だった成田さん。兄たちはそれぞれ独立して商売を営んでいたため、高校卒業と同時に家業を手伝いはじめ、1967(昭和42)年、23歳で継承した。成田さんは「30歳の時に父親が他界したことで、本気で商売に向き合うようになった」と振り返る。それまでは鶏肉と総菜を取り扱っていたが、食肉卸問屋に勤務していた義理の兄の協力を得て、牛肉と豚肉も扱うようになった。

 「成田屋肉店」の看板メニューになっていた約30種類の弁当は、1990年ごろから販売を始めた。「少子化や一家族の人数が減少していった時代で、売り上げの減少を補うための新しい柱として始めた。定食屋みたいに、注文が入ってから揚げたり、焼いたりすることにこだわってきた。家庭料理のような味付けのレシピを作り、精肉店の強みを生かして、肉のおかずの量を多くするようにしていた」と成田さん。提供を始めた当時は500円、物価上昇など影響を受けながら直近でも650円で販売していた。安価で家庭的な弁当は、早大の西早稲田キャンパスに通う学生や近隣のサラリーマン、地域住民から愛された。

 昨年1月には精肉ケースを撤去、6月には手作業で串打ちしていた焼き鳥の提供を終了し、弁当と総菜で営業を続けてきた。10月には年内で閉店することを店頭で告知。常連客からは「そんなに長くやっていたんですか」「本当にお疲れさまでした」などの声が寄せられた。中には手紙や花を持参する人もいたという。

 成田さんは「80歳を超え、体力的にも限界を感じて閉店することにした。コロナ禍で一区切りしようと考えたこともあったが、息子が店を手伝ってくれていたことで、乗り切ることができた。自分としてはやり切ったという思い。お客さんには感謝しかない」と振り返った。

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