第8回早稲田大学坪内逍遙大賞を作家の桐野夏生さんが、奨励賞を詩人のマーサ・ナカムラさんが受賞した。同大が9月28日に発表した。
同賞は、早稲田文化および近代日本の文芸・文化の創造者ともいうべき坪内逍遙の偉業を顕彰し、その精神を広く未来の文化の新たな創出につなげたいとの趣旨に基づき、創立125周年を記念して2007(平成19)年に創設。文芸をはじめ広く文化芸術活動に貢献する個人もしくは団体を隔年で顕彰する。「大賞」と、これからの文化の担い手としての才能を支援する目的で「奨励賞」を併せて授与する。
大賞授賞理由は、桐野さんが「社会のメカニズムに巻き込まれ、あるいは逆に利用しながらしたたかに生きていく人間の営みを、善悪を超えた視点から描き続ける」作家であり、「出世作『OUT』以来、多くの小説は複数の外国語に翻訳され、語られざる日本のありようを示し、グローバルに問題提起している」こと。さらに今年、女性初の日本ペンクラブ第18代会長に就任したことなどと発表した。
桐野さんは、1993(平成5)年「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞受賞後、1998(平成10)年「OUT」で日本推理作家協会賞、1999(平成11)年「柔らかな頬」で直木賞、2003(平成15)年「グロテスク」で泉鏡花賞受賞、2011(平成23)年「ナニカアル」で島清恋愛文学賞と読売文学賞などを受賞。そのほか数々の作品を執筆している。
桐野さんは「私は、今、生きている私自身が感じていることを書きたくなる。今、感じていることを書かざるを得ない。結果を見て分析するのではなく、がむしゃらに今を生きていくタイプらしい。後年、作家として恥をかくかもしれないが、その方が自分にあっていると思う。実際問題、新型コロナウイルス感染症のせいで、個人的な権利は侵されていると思う。そんなことも含めて、これからもがむしゃらに書いていきたい」と話す。
奨励賞を受賞したマーサ・ナカムラさんは、同大文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系卒業。在学中、詩人・蜂飼耳(はちかいみみ)さんとの出会いを機に詩を書き始め、その後数々の賞を受賞、2020年に第2詩集「雨をよぶ灯台」で第28回萩原朔太郎賞を史上最年少で受賞している。
授賞理由について「現代詩の枠を踏み越えそうな勢いを冷静に抑えて言葉をきしませる、よい意味での落ち着きと図太さ。若さの使いこなしの特異さに、大きな期待を寄せたい」と発表した。
マーサさんは「今回、私が奨励賞を頂いたことで、現代詩にさらにライトが当たり、かつ私の文学活動を通して、今を生きている人が自分の突破口を見つけられるようなことがあればいいと思う」と話す。
自分は醜いと思い詰めた思春期に母親の書棚で見つけた桐野さんの小説「グロテスク」を読んだことで、「私自身が抱えている醜さを成長し続けて深化させ続ければ、こんな重厚な芸術作品を残すことができるのだと、何か突破口を見つけたような晴れやかな気持ちになった」とも。受賞を機に桐野さんに出会えたことに「絶望の最中で『グロテスク』という小説を手に取った自分が報われたというか、『全てハッピーエンドになるのだ』という思いがある」と話した。
選考委員は、委員長の鵜飼哲夫さん(読売新聞編集委員)、副委員長のロバート キャンベルさん(日本文学研究者、早稲田大学特命教授)、堀江敏幸さん(小説家、早稲田大学教授)、松永美穂さん(翻訳家、早稲田大学教授)、奥泉光さん(小説家、近畿大学教授)、重松清さん(小説家、早稲田大学教授)、田中光子さん(文芸春秋文藝出版局)の7人。
これまで大賞は、作家の村上春樹さん(第1回)、劇作家・演出家・俳優の野田秀樹さん(第3回)、映画監督の是枝裕和さん(第7回)などが受賞している。